主導権の奪い合いにつきあわされた話

母から連絡があった。
父が蔵書の査定を業者に頼んだが、怪しげな業者だと困るのでやめさせたいという主旨である。
不用品の買取り業者を家にあげたら、売るつもりのなかった貴金属類まで強引に巻き上げられてしまった、という事例がある。母はそれを警戒しているのだ。
母は父に「悪徳業者だったらどうするの💢そんな業者を家に上げないで」と抗議した。しかし父は聞く耳を持たず、かえって意固地になっているという。

やれやれ。
こうなったらもう父は絶対に退かないのだ。

業者名を訊いてちょっと調べてみた。株式会社XXXXXというところだ。明らかに古書店ではない。
ホームページをみると、買取対象品として「ブランド品、アクセサリー、時計」が真っ先に挙げられている。つまり主力商品は書籍よりそっちということだ。
これは立ち会うのが安全そうだ。

警戒モードの母

平日だが仕方がない。職場の許可をもらい2時間ほど離席。半分は昼休憩の1時間を充てることにした。
自宅では母が警戒モードであちこちの部屋のドアを締め切っている。普段は開けっぱなしなのに。流石に今日は不用心なことはしないようにしているのだろう。母は苦虫を噛み潰したような渋い顔をしている。

それに対して父は通常運転のようだが、若干高揚している。これはなんか活性化してるな…。

突如キレる父

買取業者の営業担当者がやってきた。30代半ばぐらいの朗らかな男性で、嫌味のない印象だ。
それすら「こうやって相手を油断させるのかも」「無碍に断りにくい気持ちに持ってゆくのかも」と、警戒せねばならない。人を見たら泥棒と思えというのが常識になってしまうとは、嫌な世の中だ。

書棚を前にしての査定が始まったので、先方に断ってスマホで録音を開始した。
父の蔵書は政治・経済のものが9割で書き込みや付箋を貼りまくったものも多い。書き込みがあると査定額が出ない旨を、営業担当者が父に伝えた。それが怒りスイッチを押したようで父は突然怒り出す。
「そんなことはどうでもいい!あんたは査定だけすればいいんだ!」

なんだこれ。査定金額に関わる情報を共有されて、いきなりキレる理由がわからない。
これが認知症のせいなのか、元からのパーソナリティによるものなのかもわからない。父は元から機雷みたいな人で、触れた瞬間にドカンと爆発することが多々あった。

その後も査定基準に営業担当が言及すると、その度父は「あんたが査定したいっていうからオレはいいですよって査定させてるんじゃないか!四の五の言ってないで仕事しろ!」と怒声を浴びせる。
営業担当は慣れているのか動じるそぶりを見せないが、カスタマーハラスメントですわ、これ。と、もうひとつ別な心配が生じて思考が忙しい。
加えて母がちょいちょい余計なことを言う。話に参加したいんだか自分の存在を示したいのかわからんが、落ち着いていただきたい。

ドラマに巻き込まれただけ

結局、父はざっくりした査定額を聞いただけで営業担当者を帰した。営業担当者にとっては迷惑極まりない仕事だったろうと思う。気の毒になるほどだ。

父は蔵書を本当に片付ける気はないのだろう。

父と母の様子を観察していてわかったのは、これは主導権の奪い合いであるということだ。
母は正論を持ち出したり、心配や不安という感情を露わにしたりして「困った父」をコントロールしようとする。父はやりたいと思ったことをやりたいようにやる力が、自分にはまだあるということを示したいし実感したい。それゆえ、正しさや安心安全を持ち出して、コントロールしようとする母に反発する。

蔵書についても「この本はいい本だ」とか「この本があったから俺はこんな仕事を成し遂げることができた」と、父にとっての評価を語りたがる。あたかも父のその評価が査定額に反映されるのが当然という口ぶりだ。それに対して査定基準や査定方法という業者側のルールを示されるのは、「査定の決定権はこちらにあります」と業者から言われているに等しい。(事実そうなんだけど。)
つまり、主導権を業者に明け渡すことに他ならない。だからドカンとキレる。

父と母のこういうドラマに巻き込まれるのは娘としては不本意だ。馬鹿馬鹿しい。
父は好きにしたらいい。騙されたり怒らせたりして痛い目に遭うこともまた、父にとっては経験なのだから。その機会を、わたし自身が安心したいがために奪う気にはなれない。