ひづめは中指・薬指〜鯨偶蹄目〜

杜撰なキャラデザインに激昂

友達のFacebook投稿で目にしたゆるキャラ(?)のデザインが、許容しがたいものだった。

ヤギなのに蹄(ひづめ)が1個だけなんですよ!

ヤギは偶蹄目です。ぐうてい、つまり蹄の数が偶数=2個です。ヤギは奇蹄目ではないのになんという冒瀆!いくらなんでもゆるしがたい。実際のヤギの姿をまったく無視したキャラクターデザインに、生き物に対して無礼だろという憤りを禁じ得ません。

生き物は足の形で生きる環境、生態がわかる

わたしがここまでカッとなるのは偶蹄目の生き物が好きだからというのもありますが、生き物の姿は、その生き物が生息し適応してきた環境や生態を表しているものだからです。長い進化と変容の過程で獲得された姿を、「ゆるキャラ」のデザインに落とし込んでゆくとき、ふたつある蹄をひとつにするなんてあってはならないことです。

それぞれの哺乳類の前肢と後肢の格好をみて!なんというバリエーション。

ヤギは「山羊」の漢字をあてることからわかるとおり、本来は山、とりわけ岩場で暮らす生き物です。ヤギと同じ偶蹄目のマウンテンゴートなどが、ほぼ垂直にみえる断崖絶壁をはりつくようにして移動している姿には感動します。蹄がふたつにわかれていなければ岩場から転落してしまいます。

ヤギのチョキのかっこうをしている蹄は、人間の手でいったら中指と薬指に当たります。(ウマのような奇蹄目の蹄は中指です)小指と人差し指は副蹄(ふくてい)として脚の後ろ側についています。平面なところで立つと、副蹄は接地しません。
しかし、偶蹄目はこれがあるから斜面を歩くときに後肢のふんばりがしっかりきかせられるわけで、ニホンカモシカの副蹄はよく発達しています。人に飼われているヤギで平地ばかり歩いている個体では副蹄はつるりとしていますが、傾斜地をよく歩かせるとガサガサになるそうです。体が大きく重いイノシシの副蹄は、逆ハ字状に開いていて平面に立ったときでもがっつり接地します。重い体を支え、地面をほじくりかえして食べ物を得ているわけですから、そうなりますよね。

ウマの副蹄。足首の上あたりにみえているふたつのプリっとした骨が副蹄です。

鯨偶蹄類という分類

話はそれますが、偶蹄目は現在、鯨偶蹄目(くじらぐうていもく、げいぐうていもく)と分類名が変わりました。昔は鯨は鯨目として独立していたんですが、遺伝子解析の結果、鯨目は偶蹄目の内系統だと判明したのです。
鯨が偶蹄目に分類されるなんて!
もうたいへん。これだけでごはん3杯食べられそうなぐらい、興味が尽きません。

鯨は海に戻った哺乳類です。
「生命の進化は海から始まり、魚から爬虫類、両生類を経て哺乳類になった(鰓呼吸から肺呼吸へ)」みたいになんとなく知っている状態だと一瞬「ん?」と混乱します。ざっくりいうと、進化の過程で海に戻った哺乳類がいるということです。(カバもしかり)ああ、面白い。なんで戻ろうって思ったんだろう。気になる。

分類の歴史

従来より偶蹄目と鯨目は、左右1対の気管支とは別に、右側のみ気管から分岐し右肺へと達する管が存在するという共通した特徴をもっていることが知られていた[8]。そのためこの両者は近縁と考えられていて、この2目を姉妹群とする説はあった(ただし、必ずしも広く認められていたわけではない)。これら2目からなる系統の名として Cetartiodactyla が使われ、分類階級は上目、または、下綱と目の間の名前のない階級とされた。

1994年以降、ミトコンドリアDNA法などにより、鯨目の姉妹群はカバである可能性が示唆されていた。のちに鯨類とカバからなる系統は Whippomorpha[9] または Cetancodonta[10] と名づけられた。

1997年、島村満らは、偶蹄目と鯨目が姉妹群なのではなく、鯨目が偶蹄目の内系統であり、偶蹄目は側系統であることを明らかにした[11]。同年にC. Montgelardらは、このクレードに対して“Cetartiodactyla”という名称を使用した[1]

1999年、二階堂雅人らは、SINE法(反復配列の違いを比較する方法の一種)により、偶蹄目と鯨目の詳細な系統を明らかにした。従来から示唆されていた通り、鯨目の姉妹群はカバだった[12]

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E5%81%B6%E8%B9%84%E7%9B%AE

だから国立科学博物館の2019年春の展示で、偶蹄目がずらりと並んだ横に鯨目の骨格標本が展示されていたんだと深く納得。
「わたしら、おなじ目(もく)なんです」とは、見た目ではにわかには信じがたいですよね。
鯨類は海で暮らすうちに蹄どころか後肢がなくなり(厳密には体内には脛骨や大腿骨が残っています)、陸で暮らす偶蹄目の生き物とは異なる見た目になっていますから。鯨は400万年かけて海での暮らしに適応したといわれています。400万年ですよ。400万年の命の連なりの重みがあの姿にあるんです。
そもそも偶蹄目の歴史は古く、中新世(約2,300万年前〜約500万年前)にはすでに存在していました。ふたつの蹄にはそれだけの歴史があります。ヒトふぜいが浅はかな思惑でデフォルメしていいわけないだろと思うわけです。大型類人猿の分際で。まったくもう。

こういうことを知れば知るほど、生き物の姿をデフォルメしてデザイン化するときに、デザイナーの本質が出るとわかります。
デザイナーとその仕事の依頼主の、生き物に対するまなざしの解像度が低いと、偶蹄を奇蹄にするような雑なことが起こる。こういう、生き物を疎かにする姿勢は生命倫理にも繋がっています。たかがゆるキャラのデザイン、たかが低予算の粗雑な仕事と笑ってもいられないと感じてしまうのは考えすぎでしょうか。

参考にしたサイト:
菅原道北削蹄所 
宮川尚子「鯨類における骨盤および後肢痕跡に関する形態学的研究」アブストラクト