お隣さんは異国人

お隣に異国の人が越してきた。ライトバンを借りて自力で引っ越し作業をしていて、引越し当日はこれから戦争でも始まるのかというほどの騒動だった。聞こえてくる言葉は耳慣れないアジアの言葉で、韓国語でも北京の言葉でも広東語でもない。ベトナム、タイの言葉とも響きが違う。どこの国かしら。

早速ゴミ捨て場に、ゴミ捨てルールに従ってないのが一目瞭然のゴミ袋が、ふたつ出されていた。
小金井市はゴミの分別とゴミの回収ルールが厳しい。よそから越してきた人は、たとえ日本人であっても困惑するレベルだから、仕方がない。いつまでもこうなら管理会社に連絡することになるかな。

トラブルの気配

そんなことを思いつつ郵便物を郵便受けから回収していたら、ちょうど帰宅してきたらしい2階の住人に話しかけられた。

「このゴミ、誰が出したか心当たりあります?」
「ないです。時々、とんちんかんなゴミ出しする人いますよね(事実この1年ほどそんな住人が住んでいる)」
「あれかなぁ、おととい越してきたところかなぁ。日本語わからないみたいだったもんね。ヒジャブつけた女性もいたし」
「おととい越してきたうちのお隣さんですかね」
「管理会社に電話したのよ。そしたら契約者は日本人の男性でひとりで住まわれる予定ですよって、担当のMさんが言ってた。そんなわけないよね。アジアの人みたいだったよ。日本人は誰もいないみたいだよね」

よくみてはるなぁ。
でも、彼にしたら自分の上のフロアが大騒ぎだったのだ。きっと苦情を管理会社に入れがてら、新しい住人について訊いたのだろう。声をひそめ眉を顰(しか)めて話す様子から、ウェルカムじゃない様子は伝わる。あの騒々しい引越しでは第一印象は悪いに決まっている。

「市の指定のゴミ袋を使っていないゴミが出してありますよって、わたしから管理会社に連絡しましょうか?」
「いや、いいです。僕また電話します」

あんまりいい雰囲気ではない。まずいな。

マレーシアの人だった

翌朝、可燃ゴミの収集日だった。ゴミ袋を持って玄関ドアを開けたら、こちらに背を向けた男性がすぐ目の前に立っていた。
「うわぁ!びっくりした!」と思わず叫んだら、彼は落ち着いて振り返り、微笑みながら「おはようございます」と挨拶をしてくれた。驚いたわたしのほうが恥ずかしい穏やかさだ。

そこから会話が始まって、彼が新しいお隣さんで、マレーシアから仕事で日本にやってきたこと、短期滞在であることがわかった。隣には最大で6人、少ない時で3人が寝泊まりするという。昨日、ゴミ用の大きなケージにちゃんといれたはずのゴミ袋が外に出されているのを不審がり、共用廊下のはずれ(つまり我が部屋の玄関の前)から下をのぞいて眺めていたのだという。

小金井市ではゴミは細かく分別する必要があること、出せるゴミの種類が曜日によって決まっていること、収集日も細かく決まっていることをわたしの拙い英語で説明しても、うまく伝わらなかった。無理もない。わたしは解剖学やボディワーク系の英語はできるけれど、日常会話はできないのだ。日本語と英語がごちゃまぜになり、彼は彼で「日本語はあんまりできないんです」と困惑していた。

知らないだけ

彼と会話してわかったのは、疑問だらけだということだった。指定のゴミ袋も買ってそれに入れて出したのになぜゴミ用ケージから出されている?ゴミはどうしたらいいんだ?と。
ゴミ出しルールに無頓着なのではなくて、知らないからできないだけなのだろう。わたしがそう思いたいだけかもしれない。でも、そもそもゴミ出しルールに無頓着だったら、「なんか違ったのかなぁ」と気にすることもないだろうし、うるさそうな初老のおばさん住人と会話することもないだろう。

それなら小金井市のゴミ出しガイドブックを渡せばよいではないか!
が、浅学なわたしは「マレーシアの人向けの資料=マレー語で書かれていなくてはならぬ!」と思ってしまった。市の公式な多言語資料にはマレー語版などない。ChatGPTに「可燃ゴミ」「不燃ゴミ」「資源ゴミ」をマレー語で訳してもらってみながら「これが適切な訳かどうかわからないし、どうなんだ。かえって混乱させるかもしれない」とモヤモヤしていた。

準公用語が英語

SNSで情報を募ったら、昨年からクアラルンプールで暮らしているという知人が親切に連絡をくれた。
マレーシアの公用語はマレー語だが、英語は準公用語(第二言語)、華僑系の人たちは中国語も読めるということだった。よかった。それなら英語版の資料が使える。
そして知人は「マレーシアの集合住宅では、ゴミは分別しないんです」とも教えてくれた。ゴミを分別する習慣がないのでは、これは可燃ゴミ用で〜とわたしがゴミ袋片手に説明しても反応が薄いはずだ。しかも稚拙な英語で。
わたしもマレーシアの「普通」を知らないのだ。仕事で東京にやってきた彼らに、即座にお行儀のいい市民の振る舞いを求めるのは無茶だ。

とりあえず市の公式資料の英語版を出力して、英語版の存在しないゴミ収集日のわかるカレンダーには手書きでマレー語のメモ書きを入れて(「プラ」とか「資源」とか略されていると混乱するかなと思って…)、クリアファイルにまとめて入れたものを隣室のポストに入れておいた。
これでなんとかトラブル回避できるとよいのだけれど。

会話は大事

会話は大事だ。今回の体験でますますそう思った。我ながらひどい英語だとわかっていたが、それでも話さないより何倍もマシだ。部屋に閉じこもって黙り込み、相手の様子をしんねりとうかがってああかこうかと勝手に想像して怒っているばかりではどうにもならない。

インド系と思しき容姿の彼と話しているうちに、隣室の玄関から身支度をした男の子たちが三人重なるようにでてきて「おはよー!」と言ってくれた。息子のようでかわいい。8時前にでかけて19時過ぎ帰宅してくるようだ。隣室に4、5人もの人間がいるとは思えないほど夜も静かに過ごしている。ごはん食べてるか。雨傘はちゃんと人数分あるか。おばさんは心配だよ。

賃貸契約としてはかなりグレー…というよりアウトなんだろう。それは不動産屋の問題だからそれとして、短期滞在の異国の人とせめて平和に暮らしたい。