Beautiful Sheep / Portraits of Champion Breeds

the cover page of "Beautiful Sheep" by Kathryn Dun, Ivy Press 2020

ものを増やさないように買うものを吟味しているというのに、本だけは「欲しい」と「買う」の距離が5cmぐらいしかない。
それでも購入まで長く悩む本はある。
たいていは実物を手にとって内容のレベルを確認できないケースだ。専門性が高すぎたら理解できず楽しめないかもしれない。そうケチくさいことを考えて、カートに入れては戻しを繰り返す。

『Beautiful Sheep』Katheryn Dun

『Beautiful Sheep』(Katheryn Dun, Ivy Press, 2020) も購入まで1年近く悩んだ。
スクショをiMacのデスクトップに置いて、時々眺めては考え込んでいた。

今回、唐突に「買おう」と思い立ってサクッと決済した。2日後に届いた時には欣喜雀躍して猫にビビられてしまった。

これがもう、文句なく最高の本だった。
日本の都市部で暮らしていたら目にすることのない、たくさんの羊をこれでもかと見せてくれる。
見開きの右ページにはショーで優勝したそのブリードの美しい羊の写真がソロで載っている(ソロってところが大事。ここに人間が入っていたらちょっと興醒めだし羊に集中できなくなる)。左ページには簡潔な説明が書いてある。オリジン、品種の歴史(いつイギリスに紹介されたのかとか、1990年代に初めてオーストラリアに出荷されたとか)、品種の特徴などが項目ごとに短い文章で書かれている。

Welsh Mountain Bader Face. Picture of 52-53pp. from "Beautiful Sheep" by Kathryn Dun, Ivy Press 2020.

羊は使ってナンボという価値観

牧畜の歴史の浅い日本に住んでいると、羊が好きという人とはあまり出会わない。羊が好きといってもリアルな羊ではなく、概念としての「ヒツジさん」を指していたりする。写真や絵のモチーフとしての、ふわふわ白くておとなしく愛らしい存在としての羊だ。

いやいや、羊は獣です。
ほとんどの羊がメスでも体重60kgほどあり、オスは90kgを超える。牛に比べれば性質はおとなしいが攻撃的になるシーンもある。りっぱな獣だ。そして当然、くさい。偶蹄類特有の強烈な匂いを放っている。洗う前の脂ぎった原毛に触ったら、たぶん6割の人がにおいと脂に圧倒されて羊嫌いになるのではないだろうか。

この本は羊を家畜として記述することに徹している。
「丈夫で成長スピードが早い。イギリスのラム肉市場に出回っているのはほとんどコレ」とか「すばらしい枝肉になる」とか「高級ウールとしての評価が高い」「毛はホームスパンやハンドクラフト用に使われる」とかが、どの種のページにも「Use(用途)」として必ず書いてあって、用途あってこそ羊のブリーディングに意義があるという価値観が見えてくる。
これは羊との暮らしの歴史の厚みによるもので、いいわるいではない。現実的であるというだけだ。
「かわいいヒツジがたくさん見られるかも♡」という期待でこの本を開かないほうがいい。もちろん入口としてはそれでもいいのだけれど。

羊ビジネスの現実がみえる

たとえ本の記述とはいえ、生き物をめしのタネとして扱っていることに抵抗をおぼえるかもしれない。
だけど考えてみてほしい。羊を飼育しても収益にならなければ困る。農家にとってはビジネスだからだ。利益があがるほうがよいし、赤字続きでは生活できない。

【ジェレミー・クラークソン 農家になる】という番組でも、自分の牧羊ビジネスが赤字になると知ったジェレミーが愕然となるシーンがあった。今年130頭の子羊が生まれる見込みで、子羊は1頭65〜70ポンド。全頭売って7,800ポンドだが、これでは「羊飼いの給料より安い」のだ。羊の購入費を始め電気柵などの設備費や飼料費、獣医費、羊飼いの給料。そして羊が破壊した生垣の修繕などのコストにまったく見合わない。


羊の交配では
・頑丈な体
・繁殖が容易
・よくミルクを出す(羊の乳もチーズになる)
・遺伝病のリスクが少ない
・良質な肉質
・豊富な筋肉
・早く育つ
・毛量
が重視されるというのが、この本を読めばいくら素人でもわかる。羊の美しさと羊ビジネス上での価値とが矛盾せずにつめこまれているすばらしい書籍だ。
日本語訳版はないけれど、使われている英語は単純でわかりやすい。yearingやshearlingなどといった独特な言い回しを学べるのも楽しい。羊毛に関わる仕事をしている人や、食肉業界に興味のある人にも手に取ってもらいたい。

羊を愛でる

と真面目そうなコトを書いてきたが、私のこの本の楽しみ方のメインはひたすら羊を愛でることだ。
フランス原産の羊は頭部の格好が独特で、なんだかカエルっぽいのが多い。

Charmoise. Picture of 90 p from "Beautiful Sheep" by Kathryn Dun, Ivy Press 2020.

この本に載っているフランス原産の羊のほとんどがこんな頭部をしている。
元になっている品種はなんだろう。家系図みたいなのが欲しい。

私のお気に入りはPortlandという赤茶色の脚と巻き角を持つ小型の羊(ジョージ三世の時代の文献にも登場する古い品種)で、仔羊は赤狐みたいな毛色で生まれてくる。なにそれたまらない。

それと王道のDown系もむくむくしていて愛らしい。
こちらは現在のDown系の基本になった、最古のイギリス原産の品種:Ryeland(ライランド)。800年の歴史を持つ。

Ryeland. Picture of 73p from "Beautiful Sheep" by Kathryn Dun, Ivy Press 2020.

レオミンスター修道院でライ麦畑のあたりで育てられていたのでライランドという。この四肢の様子をみてほしい。短くてちんまりとした蹄(ひづめ)の愛らしさたるや、これでよくこんなたくさんの羊毛の生えた体を支えていられるなと感動を覚える。
ライランドは手紡ぎに適した羊毛を産出する以外、牧草のみで育てることができるのでオーガニックラムとしても重宝されている。

衣類や食料の自給自足のため修道院で飼われていた羊が、今やオーガニック食材として人気とは。
羊を知ると自ずと人の生活の歴史も辿ることになり、付随して調べたいことが次々と広がる。それもまた読書の楽しみのひとつだ。